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【TJ調査隊】閉校した小猿屋小に飛行機のプロペラがある?

3か月前

閉校した小猿屋小学校の体育館のギャラリーに、飛行機のプロペラ(木製)のような物があります。以前、小猿屋小学校にいた先生に聞いても経緯が分かりませんでした。とても気になるのですが、調べていただけないでしょうか(上越市・Wさん)

新潟県上越市の市立小猿屋小学校(同市小猿屋)は今年3月に閉校し、市立春日新田小学校の一部と統合され新設の市立有田小学校となった。跡地の校舎は使用されておらず、そのままとなっている。

プロペラは本当にあった

本当に小学校の体育館に飛行機のプロペラがあるのだろうか。木製ということはレプリカ? 半信半疑で子供たちの姿が消えた同校に向かった。体育館は幹線道路沿いにあり、2階ギャラリーは敷地の外からでも確認できた。すると、西側の一番端の窓にプロペラらしきものが見えた。

体育館のギャラリー付近にプロペラのようなものが見える
外観

ほこりの下から文字や羽根のマークが!!

上越市教育委員会に許可を得て実物を確認すると、確かに飾られているものはプロペラで木製。それも外からは見えなかったが、プロペラはもう1基あった。いずれも固定されたブレード2枚で、風を切る側面の先端部分は金属で防護されている。

体育館のギャラリーに飾られた2基のプロペラ
DSC_2918

何か手がかりはないかとプロペラに付いているほこりを払っていくと、文字や羽根のマークが表れた。

1基の中心のハブの側面には「愛知」「ヒ式400」「13二号艦攻」などの文字が刻印されている。またブレードには「畠山隆平」「贈 小猿屋国民学校」の文字や「AICHI」と書かれた羽根のマークが確認できる。長さは約2.87m。もう1基は長さ約2.9m。「ヒ式200H.P」「愛知」などの刻印に、同じ「AICHI」と書かれた羽根のマークがあり、ブレードは黒く塗装してある。

プロペラの「AICHI」と書かれた羽根のマーク
B-3①

ハブの側面
DSC_2894

戦前の艦上攻撃機と水上偵察機

「愛知」という印字をもとに調べていくと、1920年(大正9)から太平洋戦争終戦まで航空機を製造していた愛知時計電機(名古屋市)にたどり着いた。同社に話を聞いたところ木製プロペラ2基はレプリカなどではなく本物だった。爆撃機などの軍用機も黎明期は木製のプロペラを使用していたというのだ。同社に写真を送り確認してもらったところ、小猿屋小にある2基は、同社がかつて製造した、海軍の「一三式艦上攻撃機」と「横廠式よこしょうしきロ号甲型水上偵察機」用プロペラとみられるということが分かった。

一三式艦上攻撃機(ウィキペディアより)横須賀海軍航空隊所属の一三式二号艦攻
By 雑誌「空」 昭和11年(1936)年11月号 - http://blog.goo.ne.jp/summer-ochibo/e/a742666a18c42f31f8e555601d9a087b, パブリック・ドメイン, Link

海軍の攻撃機は、航空母艦に搭載され敵艦に魚雷攻撃を行うことを任務としていた。「一三式艦上攻撃機」は、1923年(大正12)年から1933年(昭和8)まで、400機以上が製造された日本で最初の本格的国産艦上攻撃機だ。日本に招いた英国人技師が設計し、三菱重工業が製造した。愛知時計電機はプロペラを製造し、三菱重工業に部品提供したものと推測される。

横廠式ロ号甲型水上偵察機(ウィキペディアより)
横廠式ロ号甲型水上偵察機
By 不明 - http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/3853/jnrs/jnrsP212a.jpg, パブリック・ドメイン, Link

「横廠式ロ号甲型水上偵察機」は海軍で最初に大量配備された飛行機。1917年(大正6)から1924年(大正13)まで約200機が製造された。横廠よこしょうとは海軍直営の軍需工場だった横須賀海軍工廠のことで、開発した同工廠のほか愛知時計電機や中島飛行機も同機を製造した。退役後は民間に払い下げられたものも多く、1928年(昭和3)頃まで郵便輸送などにも使用されていた。

なぜ小猿屋小に?

「一三式」のプロペラに名前がある畠山隆平氏は、1922年(大正11)に畠山鐵工所(東京都大田区)を創業し事業に成功した人物。小猿屋小との縁は、妻のシズさん(旧姓内山)が小猿屋新田出身だった。80代の卒業生らによると、隆平氏は戦時中に零式艦上戦闘機(零戦)数機を海軍に寄贈し、その返礼として使用しなくなった木製プロペラを譲り受け、妻の母校である同校に寄贈したという。当時は企業や団体、個人から集めた献金を軍に供出し爆撃機や戦闘機などを献納する「軍用機献納運動」が全国で展開されていた。

畠山隆平氏(畠山鐵工所提供)
畠山隆平氏②

隆平氏はこのほかにも、自身の郷里(宮城県本吉郡松岩村、現在の気仙沼市)の小学校に講堂を、小猿屋小学校には二宮尊徳像も寄贈するなど篤志家だった。ひ孫の畠山鐵工所代表取締役社長の和也さん(43)によると、和也さんの父で隆平氏の孫の隆資さん(74)は「軍に零戦を寄贈した」話を聞いたことはあるが、プロペラを小学校に寄贈したことは知らなかったという。隆平氏は1945年(昭和20)1月に東京を襲ったアメリカ軍の空襲で61歳で亡くなっている。

同校卒業生で小猿屋に住む竹内栄一さん(86)は「昭和18年(1943)頃だったと思うが、在校中に最初のプロペラ(一三式用)が寄贈された。木造の体育館に展示してあり、子供ながらに『飛行機ってすごいな』と思った記憶がある」と話す。

小猿屋小の資料ロッカーから見つかった、プロペラの寄贈当時に撮影されたと思われる写真
寄贈写真

プロペラは今後どうなる?

木製プロペラは卒業生や教職員に存在こそ知られていたが、経緯などが詳細に伝わっていなかった。現在、閉校した学校の体育館にひっそりと置かれたままだが、他県では小学校の倉庫から見つかった爆撃機の木製プロペラを「平和を考える資料」として活用している事例もある。

上越市教育委員会は「今後学芸員による調査を実施する予定」としている。

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TJ調査隊のこれまでの調査結果

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