芭蕉も宿泊した老舗旅館「古川屋」の歴史閉じる

松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の途中で宿泊したという300年以上の歴史を持つ新潟県上越市中央1の「古川屋」(有限会社古川屋旅館)が2012年1月末で旅館を閉め、3月に入って廃業手続きを始めた。北陸新幹線開業後の展望が立たないことと、建物の老朽化が進んだためで、22代続いた老舗がその歴史を閉じる。

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◇芭蕉が「奥の細道」の旅で宿泊

芭蕉が宿泊したのは1689年(元禄2年)7月6日。曽良の随行日記には「宿、古川市左衛門方ヲ云付ル。夜ニ至テ各來ル。發句有」とある。聴信寺を訪ねたが忌中であり、雨が強くなったため、宿を営んでいた古川市左衛門方に泊まった。「文月や 六日も常の 夜には似ず」の句は当夜の句会で詠まれた可能性もある。


旅館の玄関に掛けられた額絵を示す古川さん

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代表取締役の古川永さん(50)は、「芭蕉が泊まった本店は中央2の旧マルセンデパートの場所にあった。いつごろ宿を始めたのか、また本店がいつなくなったのかも分からない」と言う。1886年(明治19年)に信越線の直江津─関山間が開通し、現在の麓病院付近にあった直江津駅前に支店を出したが、1898年に駅が現在地に移転したため、1901年3月25日に再び移転した。

明治時代後期に出版された「直江津繁盛記」(1900年)には本店と、移転前の駅前支店の絵が掲載されており、名店として知られ繁盛している様子がうかがえる。


1900年ごろの本店(上)と駅前の支店(「直江津繁盛記」より)

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◇駅前旅館としての役割終わり決断

同旅館は111年の歴史を持つ建築物だが、古川さんは「約40年前に大改装をしており、外観や内装からは歴史を感じる部分は見えない」という。廃業にあたって、建物を保存する働きかけもあったが、「土台などが老朽化しており、活用は難しい。景観として残すにしてもメンテナンスに経費がかかりすぎる」として断念した。

古川さんは父の古川渉氏(県議)が1991年(平成3年)10月に急死したことで、銀行マンの職を辞して故郷に戻った。10年前に母親が倒れたため、22代目の当主として旅館業を引き継いできた。

廃業を決意したのは、北陸新幹線開業後、直江津駅前の旅館として営業を続ける見通しが立たないためだ。「駅前の純和風の旅館としての役割は終わった。建物を壊すにもお金がかかるし、余力があるうちに閉じる決断をした」と話す。

建物は夏ごろまでに取り壊す予定。