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「ビタミンちくわ」の秘密

10年前

上越地域のスーパーで、ちくわを探すと、石川県のスギヨが製造している「ビタミンちくわ」が圧倒的なシェアを占めている。カマボコをはじめとする練り製品が特産の上越地方で、なぜ石川県のちくわが幅をきかせているのだろうか。

スギヨの「ビタミンちくわ」
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まずは石川県七尾市に本社がある「株式会社スギヨ」に聞いた。

同社は、明治期にちくわの製造・販売を初めて100年以上たつ老舗で、世界で初めてカニカマを開発したメーカーとして知られる。「ビタミンちくわ」は戦後の復興期の1952年に発売し、半世紀あまりを経た今も、当時のままの商品名で消費者から支持されているロングセラー商品だという。

上越のスーパーで良く売れるビタミンちくわ
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「ビタミンちくわ」の販売量は、地元の北陸が3割なのに対し、長野と新潟で7割を占める。県内では上越市や妙高市で良く売れるという。

ポイントは長野県にあった。交通が未発達の大正時代、内陸の長野県では魚介類が貴重品だった。スギヨは、定置網に入っても食用にならなかったアブラザメをちくわの原料として活用し、量産を始めた。

スギヨは、ちくわの穴に食塩を詰めて腐敗を防ぎ、七尾港から直江津港まで海上輸送し、そこから馬車で長野県へ運び込んだ。

江戸時代、能登や越中・氷見のブリに塩をすり込み、それを飛騨や信州へ運んだブリ街道があった。スギヨはフロンティア精神で「ちくわ街道」を拓いたのである。

長野県では「ちくわを買えば、穴の中の塩も使えるので一挙両得」と人気を博し、みそ汁の具の定番となるほど売れた。今でも長野県のちくわ消費量が際立って多いのは、このような歴史的経緯がある。

そして戦後の栄養不足の時期、1952年に発売したのが「ビタミンちくわ」である。ビタミンA、D(現在はAとEを配合)が豊富なアブラザメの肝油を配合し、安価だったこともあり、飛ぶように売れた。

直江津港から長野へ運ぶ途中にある上越地方に「ビタミンちくわ」が普及していったのも、当然の成り行きだった。

だが、海に近い上越地方には多くのかまぼこ店があるのに、スギヨに対抗できなかったものだろうか。

上越市仲町3の横山蒲鉾店に聞いたところ、「あの値段(2本入り100円前後)では作っても採算が合わず、対抗できない。ちくわはスギヨさんに任せている」という。

半世紀以上の歴史を持つビタミンちくわは、みそ汁の具のほか、雑煮の具、のっぺの具、天ぷら、酒のつまみ(ちくわのキュウリ詰め)、卵とじ、酢の物(キュウリとちくわの酢の物)など、上越地方でも多くの料理に使われている。

カレーライスが名物の上越市石橋1の喫茶店「待夢里」のシーフードカレーには、エビ、イカ、ホタテのほか、ちくわが入っている。「(具の)ボリュームが増し、甘みが出る」ためだという。

スーパーがない上越地方の中山間地では、魚介類が手に入りにくいため、個人商店などでは冷蔵庫で冷凍保存したちくわが販売されている。解凍しなくても、そのまま切ってみそ汁の具などに使えるため、非常に重宝されている。

脚光を浴びることがない地味なちくわであるが、上越の食生活には欠かすことのできない大事な食材なのであった。

株式会社スギヨのホームページ
http://www.sugiyo.co.jp/