上越市本城町の上越教育大附属中学校(天野和孝校長、357人)で2月26日、インターネット上の検索エンジン「Google」を運営する日本法人の辻野晃一郎社長(52)が全校生徒や職員、保護者らの前で講演した。同校に在学したことがある縁で、PTA事業の一環として実現した。雲(クラウド)の上の存在であるグーグルの日本法人社長が中学生の前で講演するのは初めてだという。
辻野社長は1957年7月10日福岡県北九州市生まれ。学位は慶應義塾大とカリフォルニア工科大で、それぞれ工学士および工学修士。1984年にソニーへ入社し、パソコンのバイオなどの責任者となる。Googleには2007年に入社し、ツールバー、モバイル、マップなど新サービスを統括。2009年1月、社長に就任した。
上越に住んでいたことがあるのは父親の転勤のためで、小学校1~6年(附属小)と中学1年まで福田にいた。中学2年のときに東京へ引っ越した。上越に来たのは3年ぶりで、「今は上越市になったが、昔の高田・直江津の良さがそのまま残っている。戻ってくるたびに、雪景色で気持ちが洗われる」「懐かしく、当時のことを思い浮かべた」などと話す。
紺のスーツに、水色のシャツをノーネクタイでさわやかに着こなした辻野社長。初めて生徒の前で講演するため、「Googleの検索やマップ、YouTubeを使ってますか」「クラウド・コンピューティングって聞いたことがありますか」などと、生徒に問いかけ、理解度などを確認しながら話を進めた。また、講演は事前に生徒から寄せられた「なぜ学び、何を学ぶのか」「学校の勉強は社会に出てから役に立つのか」という質問を取り入れる形で進行した。
また、Googleの先進プロダクツのデモも行われた。この中で、同社が開発したうわさのスマートフォン「Nexus One(ネクサス・ワン)」を実際に使ってみせた。
講演の要旨は次の通り(部分的に言葉や意味を補っているところがあります)。
なお、最後に中学生が辻野社長に質問をする場面があった。「(社長の)年収はいくらか」「Yahoo! Japanをどう思うか」などの中学生ならではの単刀直入のするどい質問もあったので、最後まで読んでほしい。
【講演要旨】
小学生対象のロゴデザインコンテストを開催
Googleは若い人と直接的な接点はないと思うかもしれないが、若い人とのコミュニケーションを大事にしている。先週の土曜(20日)、「Doodle(ドゥードゥル) 4 Google」という全国の小中学生を対象にした「Google」ロゴのデザインコンテストを初めてやった。
6万8000件を超える応募があり、30件を選んで表彰した。グランプリには、小学校6年生の川島寛乃さん(神奈川県海老名市立東柏ヶ谷小学校)の、鶴のデザインが選ばれた。
若い人たちの想像力、表現力は素晴らしい。付属中からグランプリが出るように頑張ってほしい。
宇宙から地球全体を見る目線
なぜ、勉強しなくてはいけないのか。私の経験を通してお話したい。
今はどういう時代か。世界的な規模で世の中が動いている時代。日本のことだけを考えていてはだめ。地域だけ見ていても、世の中の大きな動きが見えてこない。意識してほしいのは「常に世界を意識する」ということ。
今、インターネットで世界中がネットワーク上で常につながっている。一つの地域、国で起きた問題は一度に世界中に広がって、影響を与える。そのスピードがどんどん早くなっている。
食料問題、地球温暖化、同時不況などは、世界的規模で起きており、日本一国、上越市だけではどうにもならない。
(Google Earthをプロジェクターで説明しながら)宇宙から地球全体を見る目線を持つと、世界的な問題を理解して、上越市に住んでいる私たちがどういう勉強をしていけばいいのかという、より広い視野が見えてくる。
SONYとGoogle
私はGoogleに入社する前にSONYにいた。創業者の井深大と盛田昭夫を知っている人は?(生徒から手が上がらない)今は大学でも10~20人しか手が上がらない。60年以上前に2人がSONYを創業し、1代でグローバルな企業に育て上げた。
Googleは、アメリカで、ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンが共同で創業した。
2つの会社の経験があるので、似ているところ、違うところが分かる。
似ているのは、技術や技術者を大切にしているところ。新しい技術を使って、世の中に役立つことをいつも考え抜いている。ライフスタイルを変える商品を開発しているのも似ている。
皆さんの中から、一人でも二人でも世界的に活躍する人が出てきてほしい。いつの日か、その人が学校に来て経験を話すということをつないでいってほしい。
正しいことはひるまずに主張せよ
太平洋戦争は日本がアメリカやヨーロッパと戦った。負けて東京が焼け野原になり、自信を失ってからSONYが生まれた。日本人がマイノリティ(少数派)だったときに、世界的に影響力がある会社が日本から生まれたことを誇ってもいい。
世界的視野で新しいアイデアをビジネスにしていく日本人が増えていくと、日本が再び元気を取り戻すのではないか。
ホームビデオはもともとSONYが考えて世界中に広めた。移動中に音楽を外に持ち出して聞くというライフスタイルも「ウォークマン」が走り。それまで存在しなかった新しいライフスタイルを作り続けてきたのがSONYである。
(ホームビデオを売り出したとき)ハリウッドから訴えられた。だが、裁判になっても一歩も引かず勝訴した。その結果、ハリウッドは映画をビデオにして販売し、テレビで流すなど2次、3次の利用が進んで、映画業界もハッピーになった。
正しいと思うことはひるまずに主張し、戦っていくことが大事。
ライフスタイルを変えることにチャレンジ
Googleはスタンフォード大学で検索エンジンの研究をしていてできた会社。今年9月で創業12年の若い会社だ。
だが、インターネットの中では古い。今では2兆円を売り上げ、2万人が働いている。そのうち半分がエンジニアである。Googleは世界では60%以上のシェアがある。
1か月に訪れる人は6億人。20か国に60以上のオフィスがあり、117言語をサポートしている。
Googleは日々新しいアイデアや技術で、皆さんのライフスタイルを変えることにチャレンジしている。
いい発明、アイデアを思いつくだけではなく、大勢の人に使ってもらうプロセスをきちんと踏んでいかなくてはならない。それにはたくさんの地道な努力が必要だ。
クラウドコンピューティングの時代
「クラウドコンピューティング」って、聞いたことがある人は?(手を上げた生徒は少数)。
「クラウドコンピューティング」はこれからのキーワード。
インターネットはネットワークでサーバにつながっている。クラウドの時代は手元で作業するのではなく、必要なデータやアプリがサーバーにあり、それを手元で見る。
例えばYouTubeは1分間に20時間分の動画がアップされている。YouTubeは、一人で全部見ようとすると何千年もかかる。それを持ち歩くことはできないので、見たい時に見つけて、手元で見る。
検索もクラウドの世界を使っており、すべての情報はそうなっている。
PCや携帯が進化し、クラウドの世界で仕事をするようになる。これまで情報を共有するのが大変だったが、クラウドコンピューティングで、やりやすくなった。
社員は24時間を自分でデザイン
Googleでは日本人もインド人も中国人も、世界中の人が一緒に働いている。自由な雰囲気で明るく楽しく仕事をしている。それはインターネットの将来を信じているから。
仕事のスタイルは、いつどこにいても仕事ができるということ。24時間を自分としてどう利用するかが大事なテーマ。仕事中にジムでスポーツしても、ゲームしても、ビリヤードしてもかまわない。自分の持っている24時間を有効に活用することを奨励している。
社員には3食を無料で提供し、有機栽培の材料などを使い食事にこだわっている。居心地がよく仕事ができるように配慮している。自分で24時間をデザインして、自分の創造力、技術を上げることに専念してもらっている。
グーグリネス
皆さんから「勉強って何の役にたつの」という手紙をもらっている。
幅広くいろいろなことを理解している人はいい仕事をする。Googleでは学校でどれだけ一生懸命勉強したか、という要素を大事にしている。
自分が将来、自分にとっていい機会を得ようと思ったら、勉強していい成績をとるほうがいい。
(そのような)問題意識は大事。何のために行動しているのか考えること、将来何をやりたいかを常に考えることがが大事だ。
知識がなくても、問題が発生したときに「こういうふうにしたら答えがみつかるのではないか」などと導き出す力が大事。ものを考える力を大事にしてほしい。
基礎的な教養を含めて、人間の素養として大事なことを「グーグリネス(Googliness)」と呼んでいる。発想力、表現力、チームワーク力、前向きに考える力、やさしい心などをまとめて、グーグリネスと呼んでいる。
中でも新しいことにチャレンジしていくことを大事に考えている。現状に甘んじるのではなく、楽しく、周りを巻き込んでチャレンジする。関係ない人もハッピーになることをやるといい。
「Don't be evil」
Googleのモットーである「Don't be evil(ドント・ビー・イーヴル)」とは、悪いことをしちゃだめ、ということ。
政治家や会社の経営者など、悪いことをして平気な人が増えている。これは悲しいこと。
人間として、うそをつかない、約束を守るなどが大事。人を不幸にすることはだめで、常に自問自答していかないといけない。
日本の教育はすばらしいと思う。だが、世界の人と接すると、日本人は受け身の人が多い。
日本の学校教育はディベート(debate)、つまり議論をたたかわせたり、プレゼンしたり、コミュニケーションのトレーニングをすることがちょっと弱いのではないか。
きちんとノートをとって知識を習得することは大事だが、納得できないことを積極的に先生に聞くことは大事。人からやれといわれたことをやっているのではだめ。指示されたことでも、どういう意味があるのかを自問自答してみることだ。
20%ルール
常に勉強と、勉強以外を組み合わせるのが大事。Googleには仕事のほかに20%好きなことをやってもいいというルールがある。つまり週5日のうち1日は好きなことをやっていいということになる。
この余裕から画期的なことが生まれる。勉強のほか、趣味などに打ち込む時間が大きなヒントになる。
Googleはインフラの一つ
ここ10年のうちに、情報量は500~600倍に増えている。だが、人間の処理能力は50倍から60倍になった程度。効率的に情報を処理するのが難しくなっている。
Googleは情報を片っ端から整理し、いつでも引き出せる技術を開発している。今欲しい情報を瞬時に見つけ出すには、検索エンジンの力を借りないとどうしようもない。
今はニュースのほか、本をデジタル化したブックサーチ、地図の情報をネットにのせるグーグルマップ、動画のYou-Tubeなど、あらゆる情報をGoogleテクノロジーを使って瞬時に検索できる。
Yahooのかつての方法、索引から探すという方法では、もう見つからなくなっている。
Googleはインターネットをガス、水道、電気と同じく、インフラととらえている。検索エンジンから始まって、いまではいろいろなアプリを作っている。クラウドコンピューティングを、より身近なものにするという軸でつながっている。
「未来のためのQ&A」
昨年夏の衆議院選挙ではGoogleジャパンとして、盛り上げるプロジェクトをした。
政治が悪いと国が繁栄しない。政治を良くすることは大事。選挙にインターネットを活用するには昭和25年の公職選挙法がある。
政治を少しでも変えていくために、「未来のためのQ&A」というプロジェクトをやった。立候補した人に質問を投げかけたら、5000件の質問が寄せられた。投票したら30万票が集まり、その中から5件の質問を選んで、立候補者にYouTubeで回答を寄せてもらった。400件ぐらいがあつまった。
クラウドの未来
Gmailはメールのシステムとして優れている。一度使うと使いやすく便利であることが分かる。個人だけではなく、会社も利用する流れになってきている。
それをサポートするために、ものすごいハードウエア(サーバ)を作っている。データセンターを世界中に分散させ、テロ防止のために所在を明かさず、秘密基地のようにしている。
クラウドは銀行にお金をあずけ、ATMで引き出すのと似たような概念だ。データを管理するプロに預ける…というふうに考えると分かりやすい。
クラウドは大きな電力を消費するので、新しい電力供給の研究開発を進めている。石油、原子力より、太陽光、地熱など、よりエコなもの。また、供給の仕方も効率的な伝送の仕方、インテリジェントな供給の仕方に変わっていく。
なぜ、勉強をするのか
勉強は皆さんの基盤になる。しっかり基盤を作っておかないと、砂上の楼閣になる。この3年間は非常に大事。知識、教養の中から新しい発想、新しい技術の開発につながっていく。
君子を目指せ、小人になるな
「君子を目指せ、小人になるな」(SBIホールディングスのCEO北尾吉孝さんの言葉)。どんなに勉強してもテクニックとして勉強していくだけでは不十分。人間として基本的なことを学びつつ、世の中の大きな流れを見極めながら、大局観を持つこと。「利他」…世のため人のためを意識し、高い志がないと、どんなに勉強してもだめ。
生徒からの質問
Q:「年収はいくらか」
A:「想像におまかせします」
Q:「中学生のとき、どんな将来を考えて勉強していたか」
A:「こんな時代になるとは想像もしていなかったが、あまり大したことを考えていなかったかもしれない。部活は剣道部に入っていた。そのころから日本意外の国に興味があって、世界史や地理は好きだった。英語は本当に大事。これからはコミュニケーションの手段として特に大事」
Q:「Googleとして発展させたいプロジェクトはあるか」
A:「インターネットはどんどん進化していき、まだ開発途中。翻訳もパーフェクトではない。クラウドでは電力供給網の開発も重要。インターネットにかかわるすべてのことに力を入れてやっていく。PCでできなかった(Android端末向けに画像認識・検索アプリの)「Google Goggles」(グーグル ゴーグル)も開発している。アンドロイド携帯やiPhoneの音声検索もある。これからは、使う人の好み、生活スタイルを理解して一人一人に合わせたパーソナイズド検索が進歩していく」
Q:「Google日本法人の社長になることは楽しみか、プレッシャーか」
A:「両方ですね。Googleの一員として日本を代表して作っていくのは楽しいし、若く素晴らしい人と議論するのは楽しい。プレッシャーは想像を絶する部分があり、Googleがやったことも日本では責任をとらなくてはならないので大変。だから両方です」
Q:「Yahoo! Japanをどう思うか」
A:「2つの面がある。一つはライバル。日本ではYahooのシェアのほうが上。Googleがもうちょっとで並ぶところまできたいるが、Yahooを利用するのは女性や若い人が多い。一方、ネット、クラウドの世界では一緒に協力していく仲間だ」
Q:「Googleは20%ルールを行っているが、社員の温かさに触れたことがあるか」
A:「Googleの社員は仕事を楽しんでやっており、何をやっても積極的。そんなことはできません、という反応はまずない。一緒に仕事をしていて気持ちがいい。1月に入院して手術した。そのとき、社員が寄せ書きを送ってくれてうれしかった」