「ピーター」の謎が分かった!

ロータリー除雪機を「ピーター」と呼ぶのは上越地方だけ

ロータリー除雪機のことを新潟県上越地方では「ピーター」と呼ぶ。だが、上越地方以外ではまったく通用しない「新方言(ネオ方言)」である。

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「ピーターが故障したので直してほしい」。豪雪だった2006年のことである。南魚沼市の除雪機販売店が、来店した上越の業者から修理を頼まれた。だが、「ピーター」が何のことか分からなかったという。 この話を聞いて、ピーターの語源を調べることにした。 「ピーター」は開発した外国人の名前なのだろうか。それとも会社名だろうか。もしかして「夜と朝のあいだに」の歌手、ピーターが関係しているのかも…。 まずは、上越地方で除雪機を扱っている店に電話をかけてみた。だが、「ピーター」という呼称が上越地方特有のものであることすら知らない状態で、「昔からピーターと言っていたけどね」という調子だった。 また、新潟県以外では北信濃の一部(飯山や信濃町など)で「ピーター」の呼称が使われていることがわかった。一般的には「ロータリー」、または「スノーロータリー」という呼称である。

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ピーという大きな音が語源?

同様の疑問を持っている人がいるようで、Yahoo知恵袋で2008年2月18日にhiroj88さんから、「ロータリー除雪機(家庭用)のことを、ピーターと呼んでいますが。ピーターの意味がわかりません。ご存知の方教えて下さい」という質問が掲載された。 「発売直後くらいのロータリー除雪機が雪を飛ばす時にピーという大きな音がしたという説があります」との回答がベストアンサーに選ばれた。 だが、これは妙高市のyasu氏のブログ「軽薄短笑」の2007年12月27日の記事からの引用である。昔のことを知る人から聞いたということだが、根拠があるわけではない。

昭和40年の初出動から「ピーター」だった!

約55年の写真歴を持つ上越市稲田2の写真家、田村正信さんから貴重な話を聞くことができた。 上越市高田で始めてロータリー式の除雪車が出動した1965年(昭和40年)の写真を撮影していたのである。(下の写真)

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この除雪車はトラックの前部にロータリー除雪装置を取り付ける方式であった。「空高く雪を吹き飛ばす様子は珍しく、子供たちに大人気だった」という。さらに田村さんは「導入の当初からピーターと呼んでいた」と話す。貴重な証言を得た。 ロータリー除雪車は今のように常時出動するのではなく、2月半ばを過ぎ、雪の量が少なくなってきてから出動し、道路の中央を1車線分だけ確保したようだ。それまでは町の中心市街地の道路であっても、雪に埋もれていたわけだ。

ロータリー除雪車登場の背景

わが国の道路除雪は、1956年(昭和31年)の「雪寒法」制定により始まった。1963年(昭和38年)の豪雪は、北陸地方各地で交通機能のまひを引き起こし、経済や生活に大混乱を招いた。これをきっかけに、雪に強い道路構造への改良や除雪体制の確立、除雪・防雪技術の研究や開発などが進められたことから、同年が除雪元年と言われる。 道路除雪が行われるようになった背景は、近代化によって人流や物流が活発になったためである。大型機械を使って道路除雪を連続して行った方が効率が良いことから、公共事業として実施されるようになった。車社会の発展に伴い、道路網の整備と除雪体勢の確立は同時進行していった。

田中角栄が除雪機械の開発を指示

当時の大蔵大臣は新潟県出身の田中角栄氏であった。雪国の近代化を進めたい田中角栄氏は、「38豪雪」の被害を踏まえ建設省に除雪機械の開発を指示したのである。 当時、国産のロータリー除雪機はなかった。日本の湿って重い雪に対応した除雪機械開発は、外国企業と技術提携をすることから始まるのである。

ついに「ピーター」にたどり着く

日本企業のホームページの社史、沿革などを丹念に調べていくうち、「酒井重工業株式会社」(本社東京)の会社案内にたどりつく。 その中の1964年の項に「スイス・ピーター社とロータリー除雪車『SFT1910』など、スノーブラウの製造に関し技術提携」との文を発見した。 スノーブラウとは、自動車や重機、鉄道車両に取り付けられた除雪装置を指す。 前述の田村さんの話を思い出してほしい。高田にロータリー除雪車が登場した当時は、トラックの前部に取り付ける形であったという証言と一致する。 ついに「ピーター」にたどりついたのである。

スイスのピーター社が語源

酒井重工業に連絡して調べてもらったが、「なにぶん古い事なので、当時を詳しく記憶しているものがおりません。お問い合わせの回答になりますかどうか、資料を送付いたします」とのFAXをいただき、3種類の資料を送っていただいた。 その中に同社の元代表取締役副社長の三澤辰彦氏が2006年7月3日の社内報に書いた文があった。 「我が社では除雪機械への進出を決め、昭和39年スイスのピーター社と技術提携をしてスノーミラーとスノーブラウを開発しました。スノーミラーはロータリー式のドラムを回転させて雪を飛ばす装置で、専用の作業車に取り付ける方式と、ショベルローダーのバケットを外してエンジンとセットした除雪ドラムを取り付けるタイプのものがありました。スノーブラウはトラックの先端に付けて雪を排除する装置です」 さらに同社の社史では1964年3月「スイス・ピーター社および米・サーマル社と除雪融雪装置に関し技術提携、ロータリー除雪車、スノーブラウ、スノーメルタの製造を開始」とある。(スノーメルタとはバーナーを使って道路上の雪を溶かす装置で、重油を大量に消費するためコスト面で難があった)。

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当時の同社カタログでは除雪機械を「サカイ・ピーター」、スノーメルタを「サカイ・サーマル」と名付けている。左側に技術提携先のマークもあり、ピーター社のスペルは「PETER」であることが分かる。

結論

上越地方でロータリー除雪車をピーターと呼ぶのは、酒井重工業が「サカイ・ピーター」と書かれたカタログで売り込みを図ったことに起因するとみていいだろう。 登場してから50年近い年月の間に、ピーターは道路除雪用だけではなく、家庭用の小型ロータリー除雪機のことも指すようになった。家庭用のみをピーターと呼ぶ人もいる。

(川村)


昭和43年(1968年)1月発行の「郷土と共に五十年 高田信用金庫五十年史」(高田信用金庫発行)によると、昭和33年(1958年)1月9日の年表に「除雪車ピーター到着」という記述がある。