堀口大學の長女すみれ子さんが講演 高田文化協会60周年を祝う

高田文化協会(藤林陽三会長)は2023年9月1日、新潟県上越市仲町3の宇喜世で創立60周年式典と祝賀会を開いた。戦後の高田の文化発展に寄与した詩人堀口大學の長女、堀口すみれ子さん(78)が講演し、約100人が節目を祝った。

同協会は1945年、上越市出身の芥川賞作家小田嶽夫や、藤林会長の祖父道三が結成した「高田文化懇話会」が前身。1963年に小和田毅夫会長の下、文化団体が統合し高田文化協会として発足した。機関誌である隔月発行の文芸誌「文芸たかだ」は現在、386号を数える。

創立60周年式典であいさつする高田文化協会の藤林会長(中央)

式典で藤林会長は、堀口大學が1946年秋に高田に疎開した3年半、写真家濱谷浩、陶芸家齋藤三郎、彫刻家岩野勇三、洋画家倉石隆など多くの文化人と交流し、高田の文化高揚に尽力したことを説明。大學が高田を去る際に書いた詩「高田に残す」を刻んだ碑が、多くの人の寄付で歴史博物館横に建てられたことからも、功績の偉大さが分かると称えた。

小林古径記念美術館の宮崎俊英館長と、上越詩を読む会の新保啓初代会長も祝辞を寄せた。

家族のエピソードを中心に講演する堀口すみれ子さん。着ている服は父大學が愛用していた夏物の和服をリメイクしたものだという

講演会ではすみれ子さんが「父・堀口大學とわたし」と題し、大學の詩の朗読を交え、外交官として活躍した父・九萬一や、妙高市関川の農家に育った妻マサノとの出会い、高田での生活などについて話した。父母の出会いについて「1938年(昭和13年)の夏、母が17のとき、46歳の父と出会った。父は京大文学博士のジョルジュ・ボノーと野尻湖畔で夏目漱石の『こころ』を仏訳していた。父は地球を何周も回ってきた人で、恋にかけても百戦錬磨だった。父の目に母はどんなに新鮮に映ったことか」と述べた。父は母の両親に『立派な婦人にするから』と説き伏せて、翌年に結婚したという。

1946年(昭和21年)、上越市南城町3に移り住んだ。「家族の相次ぐ病気、文学や世情を語れる唯一の理解者だった父九萬一の急逝、戦時中の統制下にあって仕事の発表もままならず、暗いトンネルの中から抜け出せずにいた父。それが当時の高田の地に内包していた文化の土壌が、戦前戦中の抑圧から解放され、終戦とともに花開いたその瞬間に父は高田に越してきたと思う。心を許せるかけがえのない同胞に出会い、受け入れられ、父の精神は少しずつほとびていった」と述べた。その後、神奈川県の葉山に移り住んだ。「大學が高田をうたった作品は多いが、『高田に残す』が高田愛と感謝と、去っていく父の寂しさがあふれて、深く心を打つ」として朗読した。

講演後、すみれ子さんは「高田で暮らしている方々の前で高田の話ができて幸せだった」と述べた。

妙高市関川の疎開地。一家で1年5か月を過ごした

1946年から3年半にわたり住んだ上越市南城町3にある説明板

高田城址公園内の歴史博物館北側にある「高田に残す」の詩碑