新潟県上越市の大潟区に「人魚伝説」があり、郷土の児童文学作家小川未明に「赤い蝋燭と人魚」という名作があるように、人魚といえば海が舞台のはず。だが、海岸から約65kmも離れた長野県長野市の戸隠に、世にも恐ろしい人魚伝説が残されていた。その証拠となる3本の杉の木はいまも存在している。
この伝説は昭和39年発行の『戸隠譚 歴史と伝説』(宮沢嘉穂著)に収録されている「三本杉の話」が詳しい。物語は今から1000年近く前の平安時代にさかのぼる。その舞台は若狭国(現在の福井県)の小浜である。
小浜市には、人魚の肉を食べて何百年も生き長らえた八百比丘尼(やおびくに)の伝説が残されている。ある漁師の娘が、父親の獲ってきた人魚の肉を食べて不老不死になり、死をひたすら追い求めて全国を行脚したという話だ。同市にはこの伝説を基にした「人魚の浜海水浴場」があり、2体の人魚像が置かれている。
戸隠の伝説も八百比丘尼の話が基になっているが、「人魚の肉を食べると不老不死になる」のではなく、「人魚の肉を食べた者は人魚になる」という話だ。また、小浜では娘が全国を行脚するが、戸隠は父親が行脚するというように、大きな違いがある。
戸隠の人魚伝説も、若狭の小浜から話が始まる。ある日、父親は海で人魚を捕らえ、命乞いをするのも聞かず殺し、3人の子供と暮らす家に肉を持ち帰る。翌日、父が漁に出掛けた際、腹を空かせた子供たちは戸棚にあった人魚の肉を食べてしまう。すると子供の体にウロコが生えてきて、そのうちに亡くなってしまう。父親は嘆き悲しみ、後悔するが後の祭り。すると夢で「人魚の霊をまつるために出家し、戸隠に詣で、3人の子供を救うために3本の杉を植えよ」とのお告げがもたらされる。
父親はお告げの通り、約400kmも離れた戸隠へ旅をして永代祈祷を行い、杉の木3本を植えた。現在は高さ40m前後の巨木になり、「戸隠の三本杉」としてあがめられている。3本の杉の木は中社の大鳥居を中心に、72m間隔で正三角形に植えられている。