新人ミステリー作家の登竜門、宝島社の『このミステリーがすごい!』大賞の “超隠し玉” として、新潟県上越市頸城区出身の田中静人さん(31)の「陽気な死体は、ぼくの知らない空を見ていた」が2017年8月4日、同社から出版された。
同作は2011年の第10回『このミス』大賞の最終候補に残り、審査員から高い評価を得たが、受賞に至らなかった。今回は『このミス』大賞の15周年記念として、宝島社編集部が「今こそ世に出したい」と、これまでの応募作の中から選び抜いた作品を “超隠し玉” として刊行することになり、3作品の一つに選ばれた。
田中さんは1986年生まれ。頸城中、直江津高を経て、東京工科大コンピュータ・サイエンス学部卒。会社員として勤務の傍ら作品投稿を続け、現在は作家活動に専念している。神奈川県横須賀市在住。
「明日雨が降ったら、お父さんを殺す」。小学5年生の主人公、大地(だいち)は幼なじみの少女・空(そら)からそう告げられる場面から、事件の幕が開く。空の父親は殺害され、兄の悟も死んだ。殺された悟は霊になって現れ、自分がなぜ殺されたのかを探っていく。クラスで一番の美少女・光(ひかり)の下着が水泳の授業中に盗まれ、校庭で飼っていたチャボが猫に襲われるなど、学校内で事件が続く。事件の真相は何か。彼らの過去に何があったのか。
文庫判、314ページ。価格は630円(税別)。上越市の春陽館書店、妙高市の文教堂新井店で、サイン色紙を展示して販売中。
田中静人さんインタビュー
2017年8月18日、郷里に帰省中の田中さんにインタビューした。
作品の舞台は頸城区がモデル
――作品の舞台設定は「新潟県のとある田舎の村」とありますが、具体的には上越市の頸城区でしょうか。
田中 思い出がたくさんある場所を書いてみたかったし、高校時代までこちらに住んでいたので書きやすかった。場所をぼかしたのは、ダークな事件を題材にしたからです。
――登場人物のせりふが生き生きして印象的でしたが、実際にあったことを書いたのでしょうか。
田中 はい。ある程度モデルにしています。自分の中に残っているイメージを参考にして書きました。実際にあったわけではありません。最初にキャラクターを作り、言いそうなせりふを第一に考えるんです。登場人物も実際のクラスメイトなどではなく、自分の中ではゲームの登場人物なんです。空はドラクエの中のビアンカだし、結婚のネタはドラクエ5をイメージしました。
――霊が推理をするのは「幽霊探偵もの」という系譜になるんだそうですね。
田中 “幽霊探偵”というのは積極的に意識していませんでした。海外ドラマの「フルハウス」で、タナー家の三女ミシェルが、見えない友達を話すシーンからイメージしました。
――空と大地の2人の遊び場「秘密基地」は、実際にあったんですか。
田中 映像で見たのが心の中に残っていたんです。子供時代への憧憬でしょうか。
応募作を改題、手直しして出版
――応募の際は「空と大地と陽気な死体」でしたが、今回は「陽気な死体は、ぼくの知らない空を見ていた」に改題されました。ほかに手を入れたところはありますか。
田中 応募のとき、空(そら)のせりふは乱暴な口調でしたが、編集部と話し合って、男っぽくないせりふに直しました。手に取ってもらいやすいように、本筋に関係ないエピソードをばっさり削り、550枚を400枚ほどにしました。
――最初は書き上げるまでにどのぐらいかかったんでしょう。
田中 2010年の9月頃から書き始め、翌2011年5月末の締め切りぎりぎりまでかかりました。朝4時に起きて書いたり、つらい時期でした。
――その頃は仕事をしながら書いていたんですよね。
田中 就職したのがコンピューター保守会社の営業部門で、残業が多く、繁忙期には帰りが午後9時、10時ということもありました。帰ってから書いたり、土日曜の休みにはネットカフェで集中して書きました。長編は初めてだったので、勢いだけで書いて、200枚まで書いてから書き直し、行ったり来たりの試行錯誤でした。
――書いてから6、7年も経って今回“超隠し玉”に選ばれ、作家デビューが果たせたわけですね。
田中 最初の連絡は迷惑メールに振り分けられ、もう一度メールが入ったんです。寝耳に水というか、驚きました。あまり、こういうのは例がないでしょうね。
東野圭吾さんのミステリーとの出会い
――当初から作家志望だったんですか。
田中 大学2年に就活を意識しました。ドラクエなどのロールプレイングゲームが好きで、ゲームのシナリオを書きたかったんです。そういう仕事が少なく、あっても倍率が高かった。それで小説を目指したんです。小説の投稿サイトでいろいろな人と交流し、「読書しないで書いても面白くない」などとアドバイスされ、それから本を読み出したんです。そこで出会ったのは東野圭吾さんのミステリーでした。他の作家と比べるとスタートが遅かったので、あせって本を読んでいます。
――2010年の第9回『このミス』大賞では1次審査を通りませんでしたが、2011年の第10回の『このミス』大賞はこの作品で最終選考まで残ったわけですね。
田中 その頃は仕事が超多忙で、大賞が取れなかったショックもあり、一度は夢をあきらめたんです。でも「もう一回、夢に挑戦しよう」と2016年の初めに一念発起して執筆を再開しました。
文筆一本で2冊目の出版目指す
――2016年の第39回小説推理新人賞では「乾太郎の日記」が最終候補に残りました。これからの目標は?
田中 数年間、収入がなくても生活できる蓄えがあるので、今は文筆一本でやっています。次に書くアイデアを考えながら、書くより読む方が中心です。まずは2冊目の出版を目指し、もっと名前を知ってもらいたいと思います。
――今のペンネームは田中静人ですが、田仲智、田中伴彦など、作品の応募ごとにペンネームを変えていますね。
田中 しっくりくるものがなかったんです。後から考えると違うような気がして。思いつかなかっただけです。これからは田中静人です。
◇田中静人ブログ http://sakkanoaidokusho.com/