レルヒの会が「日本スキー発祥」の場所特定

日本に初めてスキーを伝えたオーストリア・ハンガリー帝国の軍人、レルヒ少佐が「メテレ・スキー(スキーをはきなさい)」と号令をかけて、初めてスキー指導を行った場所が、上越市南新町の市立城西中学校の西側と特定された。「日本スキー発祥100周年」を機にレルヒの会(小堺昭一会長)が県測量設計協会の協力を得て調査し2011年3月10日、市内で報告会が行われた。

レルヒ少佐が1911年1月12日、高田にあった陸軍の雪中演習場で「メテレ・スキー(スキーをはきなさい)」と号令をかけた。これが「日本スキー発祥」とされており、全日本スキー連盟などスキー関係6団体もこの日を「スキーの日」と定めている。

これまで城西中敷地内という概ねの場所は分かっていたが、100周年を期に過去の絵図や新聞や戦後間もない時期の空撮写真などを手がかりに正確な場所を調べた。

レルヒ少佐が来日した前年の1909年に描かれた高田の連隊の絵図にスキーの講習を行った雪中演習所が描かれている。この絵図と、1946年に米軍が空撮した写真、現在の空撮写真、地形図を比べ、現地で測量を行い場所を特定した。

1909年に描かれた高田の陸軍連隊営舎の絵図(上が南)
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1946年に米軍が空撮した写真(国土地理院の使用許諾を得ています)。赤丸がレルヒ少佐がスキーを教えた雪中演習場のあった場所。3棟のうち2棟がまだ残っているのが見てとれる(上が北)

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現在の地図。赤丸がレルヒ少佐がスキーを初めて教えた雪中演習場のあった場所(グーグルマップから)

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上の地図の通り、スキーの講習が初めて行われた雪中演習所の場所は、城西中西側の道路を中心に半径30mの範囲内であることが分かった。

10日、県測量設計協会による報告会が上越市西田中の桑原測量社で行われた。報告を聞いた小堺会長は「これまではおおよその場所として城西中の敷地内だろうと思っていたが、100周年を契機に場所を特定できた。この場所に記念碑を建てさせてもらい、後世に残るようにしたい」と話した。