「無印良品 直江津」を運営する良品計画(東京都)などによる共同企業体が実施した上越市の「港町特定公共賃貸住宅」のリノベーションについて、上越市在住の一級建築士磯田一裕さんによる寄稿です。(上越タウンジャーナル編集部)
磯田 一裕 | 地域住環境建築研究所代表
公共発注における設計(デザイン)・施工(ビルド)分離原則の軽視と過剰な民間へのインセンティブ付与の実態
先日、上越市の市営住宅「港町特定公共賃貸住宅」の改修内覧会に建築家仲間のN氏と2人で見学に行ってきた。そこは無数の無印良品の商品によって作られたインテリア空間に改修され、あたかも無印良品のショールームのようだった。
モデルルームにいたスタッフは無印良品の社員で改修の内容や家具備品の説明をし、柔らかな物腰で住まいについての困りごとや居住に対しての(Mujiからの)サポートについてのアンケートの記入を求めた。
「嗚呼これでは花の蜜に吸い寄せられた昆虫が食虫植物にパクリとやられてしまうようなものだな」と思いながら、多分この問題は多くの市民は無印良品による都会的?な提案に大喜びし、また行政も民間活力利用の成果としての認識があり、今後いろいろな公共事業に対してこのようなやり口が官民連携のメインストリームになっていくかもしれないという危惧から、逡巡しながらもこの問題に警鐘を鳴らす意味で投稿することに決めた。
事の発端は
上越市では令和3年8月6日付で直江津の港町にある特定公共賃貸住宅の改修事業を公募型のプロポーザルにより事業選定を行った。
この市営住宅は建設から20年余りを経過している特定公共賃貸住宅(中堅所得者世帯向けの少し家賃の高い優良賃貸住宅のこと)で、上越市初のタワー型14階建て集合住宅である。
設計者は宮越市政時のお抱え建築家であり、カタチ優先で設計されたがゆえの居住空間の不自由さなどが不評となり入居者が満室とならない市営住宅で、上越市は空いている5室の改修工事を企画・提案・設計及び改修工事までを行う「デザイン&ビルド方式」として公募型のプロポーザルで事業者募集を行い、「良品計画+高舘組JV」の1社のみの応募で、その1社に決定したものである。
「デザイン&ビルド方式」とは何か?
ここで少し長くなるが「デザイン&ビルド方式」とは何か?を説明しておくと、建設工事における発注方法のひとつであり日本語では「設計・施工一括発注方式」と言い、主に民間事業でよく行われている手法である。
長年、公共建築の発注は「設計・施工分離発注方式」が原則とされており、その大原則は今も変わりない。
これは公共工事の発注者(上越市)は工事の発注をするに当たり事前にどのようなものを創るのか、あるいはどのような工事を行うのかということを明確にし、市民に説明し理解を得るあるいは市民に代わって妥当性について確認する責務があり、その設計によって作られた図面と設計書から複数の施工者が同一条件の下で競争し、適正価格の範囲内で安く入札した業者が落札するもので、公正さを確保しつつ良質なものを低廉な価格でタイムリーに調達できることが求められており、その大原則に沿った形が「設計・施工分離発注方式」である。
しかし近年、東京オリンピックの施設建設において何が何でも工事を期間内に完成させオリンピックに間に合わせるべく、国もこの手法を採用し事業を進める方向に舵を切っているのも事実であり、この手法のメリット・デメリットを以下に表記しておく。
メリットとして
- 単一組織(施工者)が明確な責任を持つ。(市の設計責任が軽減される)
- 発注者(上越市)自身の調整統合業務の軽減。
- 時間的削減が可能。
- 施工専門家が最初から設計にかかわることによるコスト削減。
- 受注者内部による設計変更がやりやすい。
- 受注者側に設計に関するリスクを移転できる。
- 工事不調になりにくい。。
──などがある。
デメリットとして
- 利益ねん出に関心を持つ業者において、本来あるべき姿の追求や品質性能などは副次的に扱われる可能性がある。(デザイン&ビルドの共同体において主業務の施工者がイニシアチブを握り、設計の独立性と本来あるべき姿の希求はおざなりにされ、設計者は施工者の下請けとして扱われる可能性が高いのではないか)
- チェック・バランス機能が働きにくい。発注者がコストや工期にかかわる設計・施工の問題について、状況把握や意思決定の過程から疎外される可能性がある。(監理の第三者が不在でチェック機能がゆるい)
- 最初の段階から設計基準が明確でない(発注者側の意思による図面がない)ため、建造物が出来上がった段階で、発注者側が失望したり、各当事者間での紛争を招きやすい。
- 設計・施工の程度は、受注業者の能力いかんとなる 。(ほとんどの建設業者は専属の設計専門職を抱えていない)
- もし業者選定の前に完全で明快な要求条件の要求をしないと、プロジェクト後期になってからの設計要求条件の変更は困難で あり、できるとしても高価である。
──などがあげられる。※一部「設計・施工一括発注方式導入検討委員会報告書(平成13年3月)」を引用
また設計・施工一括発注方式は、例えば上越斎場やクリーンセンターなどにおける特殊窯など設計と施工を一体的に発注することにより効果が得られることが期待される事業においてのみ適用されるべきであり、このメリット・デメリットを見ても本来行政が公として担うべき義務やコストを民間活用という錦の御旗のもとに放棄している印象がぬぐえない。
事業者決定までのプロセスの不透明感
そもそもこのプロポーザルが発表される前から無印良品がこの改修をやるという噂は流れていた。そして応札者は先に述べた1共同体のみであり、選定事業者の企画提案書も開示されないまま選定されている。
今まで設計・施工分離発注方式で大切にされてきた設計に対する思いや設計品質の確保と工事入札による競争原理が発揮されないまま、業者を決定しており上越市の大きな思惑が垣間見られる。
多くのデザイン&ビルド方式の参加資格者は①一級建築士の在籍する上越市のAランク業者もしくは②建築コンサルタント等入札参加資格のある設計者と①業者の共同体が普通の組み合わせだが、今回のプロポーザルではそれらに加えて③物品入札業者で企画・提案できる者と①の組み合わせ、④として物品入札業者で企画・提案できる者と②の組み合わせが追加されている。
本来であれば物品入札業者の参加は異例中の異例で、一般的な公共建築の場合の設計では特定メーカーの品物を設計に折り込む事は特別な理由がない限りできない。また図面にはメーカー名も品番も記載はできないのが普通である。
見学で感じた違和感
プロポーザルでの上越市が作った要求水準書を見ると工事範囲として企画提案に基づく居室内の改修工事は玄関、廊下、居室、キッチン、トイレ、浴室、洗面所、収納庫などと表記され、改修目的は①住宅の魅力向上と②長寿命化と記されているがトイレ、浴室、洗面所は改修されておらず、また主寝室なども最低限のクロス張替え程度であった。
また長寿命化もメンテナンス性、可変性、更新性、耐久性、省エネルギー性などに配慮して経年変化への対応とうたわれているが、サッシや断熱性能改修はされておらず、可変性、更新性などは建築躯体や間仕切りではなく、家具調度品の最初の設定をベースに自社製品をつけ足していく備品追加の設定になっており、本来的な間取りの工夫や建築提案もまったく見られなかった。
ここまで要求水準に到達していないにもかかわらず、選定され工事されていることに驚きを禁じ得なかった。
公共住宅における特定業者の営業活動
さらに根深いのは今回の改修が5室だけであるが、収納などの基本ベースが無印良品の製品で構成されているため、入居後の棚の増設や収納備品の購入などすべて無印の商品で構成されるようになっている事。
そして今後発生するであろうこの他の住戸における改修も、工事の継続性や先の5室とのグレードの統一性からこの共同体での施工が行われるであろうこと。 さらにさらに現在の改修されていない居住者への家具インテリアの悩み相談を無印で受ける「くらしのサポートサービス」なるものの企画提案をしていて、居住者の取り込みが始まっている事など。
本来の公共住宅でのサービスを逸脱した独自の営業戦略に上越市がまんまと乗せられていると感じている設計者は私とN氏ぐらいなものだろうか?否、上越で設計業務を生業としている者は多かれ少なかれこの問題に違和感と危機感を感じているに違いない。
公共建築に関する上越市発注に対しての要望
今後の上越市発注の設計業務委託についても市民が事の本質を分からないまま総額として安くなるとか工期短縮、不調率の低減などの目先のメリットに踊らされ「デザイン&ビルド方式」が益々主流になっていく気配があり、とても心配である。
本来の公共発注においてのあるべき姿や、守らなければならない使命をもう一度見つめなおし、それを実現させるために一番良い制度設計を、できれば行政の方や市議会議員の皆さん、そして建築設計業を営む皆さんと、協議ができれば有難いと思っている。
最後にこれだけは記述しておきたいが、私は決して良品計画や今回の施工者を貶めたり否定するわけではなく、上越市の姿勢を問題にしていることを改めて明言しておきたい。
地域住環境建築研究所 代表 一級建築士 磯田 一裕
関連記事