ゴールデンウィーク中、ミズバショウが見ごろを迎えた新潟県妙高市のいもり池周辺。数年前から「ミズバショウが小さくなった」という声を聞くようになった。上越地方では一番大きな群生地であり、重要な観光スポットでもある。いったい、何が起きたのだろうか。
いもり池の木道で一眼レフカメラを構えていた長野市の男性(62)に声をかけると、「背景に妙高山を入れるためズームを広角にすると、ミズバショウがまばらで群生地という感じが出ない。鬼無里(長野市の奥裾花自然園)などに比べるとずいぶん形が小さく、アップにしても絵(写真)にならない」と話す。
毎年のように訪れているという上越市の女性(60代)は、「以前はもっと木道の近くまでミズバショウがあって見ごたえがあった。ミズバショウの数が減ったのではないか」と話す。
いもり池のほとりにある博物展示施設「妙高高原ビジターセンター」の春日良樹館長に話を聞いた。
開花後の降雪やイノシシの食害も
「去年来た人からも、一昨年来た人からも『ミズバショウが小さくなってきたのではないか』と言われたが、記録をとっていないので分からない。10万株あるとされたミズバショウの数も、最近は調査していないので分からない。おそらくそんなにないのでは」と話す。
今年は複合的な要素が重なり、ミズバショウに被害が出た。木道の近くはイノシシの食害があり、ほとんど咲いていない。3年前から被害が出始めたという。さらには、開花後に雪が降って、仏炎苞(白い部分)が凍みて茶色くなったという。
「枯れているミズバショウがあったので、もう花も終わり頃だろうと思った」と話す人がいたのは、そのためだ。
10年前と比べるとミズバショウがまばら
10年前の写真と比べてみると、ずいぶんミズバショウの密集度が違う。春日館長は「ミズバショウが増えるのは株分かれと、種で増える場合の2種類ある。最近のミズバショウは小さいというより、株分かれしていない。一本立ちだからまばらで小さく見える」と話す。
湿原に流れ込む水量が減った
「昔は水が豊かで、カヤバまでほぼ湿原状態だった。自然の伏流水や表土水などがいもり池に流れ込んできた。ところが道路ができるなど、開発されて自然の水の量が減った。以前は旅館の雑排水も流れ込んできたが、今は下水道になった。今は雪解け水が豊富だが、1か月もするとカラカラになってしまう」という。
昨夏は猛暑で、当地でも30度を超える日が26日間あったという。「カンカン照りで、ミズバショウは虫が食って穴だらけになり、茶色くなって枯れたのもある。夏には葉が1mぐらいになるはずなのに、大きくなれない。葉が日光で焼けてしまえば光合成が止まり、栄養を蓄えられない。これが株分かれしない理由かもしれない」という。
人の手を入れないと湿原は維持できない
湿原は「湿生遷移」といい、少しずつ干上って木が生え、やがては森林になっていく宿命にある。
観光資源としていもり池を維持するには、自然のままに放置するのではなく、人の手を入れるしかない。ヨシが繁茂するのをそのままにしておけば、秋には枯れて、やがて土になる。いまも湿原の陸地化が進んでおり、ヨシを刈るために足を踏み入れても埋まらない場所が多くなったという。
だが、昨夏はヨシを刈り取った場所のミズバショウが猛暑でやられた。「場所によっては、ヨシが直射日光からミズバショウを守っている。ミズバショウは、もともと日陰の植物で、夏は林が日光を遮ってくれて、木洩れ日が少し差すような半日陰がいい。カンカン照りでは焼けてしまうのは当たり前」という。
視察に行ったという胎内市地本のミズバショウ群生地は、標高8mなので夏は暑い。夏はヨシや草を刈らず日陰を作り、雪が降らないのでヨシは冬になって刈る。春先に芽を出したときにスゲをかけて霜から守り、花が咲く時期に外すというきめ細やかな手当てをしている。「場所によって保全の仕方が違う。ボランティアの手を借り、妙高市と専門家による組織を立ち上げ、湿原を守っていかないと、おそらく10年か20年でミズバショウは無残な姿になる」と話す。
湿原を守ればミズバショウは残る
いもり池と湿原を含めた約4haは、国立公園第1種特別地域であり、貴重な動植物が生育している。春日館長は「重要なのはミズバショウではなく、湿原そのもの。ミズバショウはどこにもあり、西は兵庫県から北はアラスカまである。絶滅危惧種でもない。極端にいうと、ミズバショウはどうでもいい。湿原を守ればミズバショウは残る」と話した。