上越市出身の小川未明の詩を生きる指針に 生誕140周年で詩碑を建立

「日本のアンデルセン」と呼ばれる新潟県上越市高田出身の児童文学作家、小川未明(1882〜1961)の生誕140周年を記念し、市民団体「小川未明研究会」は、同市幸町の「小川未明生誕の地」に詩碑を建立した。2022年5月7日、除幕式が開かれ、中川幹太市長や未明の親族、市民ら約50人にお披露目された。

未明の詩が刻まれた詩碑(左)と未明の東京の自宅から運ばれた石塔

節目となる本年度、未明の功績を広めて次代に継承しようと、同会や市などは連絡会議を構成し、年間を通してさまざまな記念事業を行っている。その一環として、「小川未明生誕の地碑」の南側に位置する、かつて未明の生家の畑だった場所に、未明の詩を刻んだ詩碑と、東京の未明の自宅庭から運ばれた石塔が建てられた。

詩碑には、未明が70歳の古希記念に揮ごうした詩「弱き者の為に立ち 代弁なき者のために起つ 我これを藝術の信條となす」が、筆致もそのままに刻まれている。除幕式で司会を務めた上越教育大学教授で同会の小埜裕二代表(60)は、詩碑建立のきっかけについて、「コロナ禍やウクライナの戦争などで格差社会が広がる中、生きる上で指針となる言葉が必要だと考えた」と説明した。

関係者や市民らが集まった除幕式

石塔は未明の終の住み家だった高円寺の自宅が約8年前に取り壊される際、小埜代表が引き取ったもので、小埜代表によると、未明の両親や早くに亡くした2人の子供を供養するためのものだったとみられる。

未明の孫で詩人の小川英晴さん(70)は「(詩碑に)未明の芸術を一言で言ってのける文章を選んでいただき感謝。高円寺の石塔も建立され、未明の魂がここにも帰って来れるんだと強く思った。祖父は非常に幸福もの」とあいさつした。

除幕を行った(左から)小川さん、中川市長、高野恒男幸町町内会長ら

小埜代表は「詩碑と石塔を生誕地のシンボルとして、未明が目指した志の高い精神を周知し、豊かな精神文化に対する市民の理解が深まれば」と話していた。

生誕140周年イベントとして、今後は7月に顕彰フォーラム、11月に市民参加の音楽劇や記念シンポジウムなどが計画されている。詳細は特設サイトで確認できる。

詩碑と石塔が建立された小川未明生誕の地