NHK連続テレビ小説「風、薫る」の主人公のモチーフとなった大関和(ちか)が初代看護婦長を務めた新潟県上越市の知命堂病院(西城町3)に、大関が在職していた時に作製された人骨による骨格標本がある。当時の患者の遺志を受けて同病院が作製したもので、明治時代から医学と看護の進歩に大きな貢献をしてきた。

同病院によると、骨格標本が作られたのは1892年(明治25年)。患者本人の篤志により、死後の病理研究のための解剖の誓約書が病院と取り交わされたという。この前年の1891年(明治24年)10月29日に知命堂病院は開院しており、大関はそれまで務めていた高田女学校の舎監を退職し、開院と同時に看護婦長に就任している。
骨格標本が作られた2年後の1894年(明治27年)には、県内初の看護婦養成所となる「知命堂病院付属産婆看護婦養成所」が創設され、大関は看護婦養成にも携わる。
同病院4代院長の森川政一氏の講演をまとめた「知命堂病院看護婦養成所創設の経緯と二人の恩人」によると、「産婆」の養成施設は県内にもあったが、人体の骨格標本を持っている養成所はなく、大関は骨格標本などを使って看護婦教育を行っていたとみられる。
森川政嗣理事長兼病院長は「知命堂病院付属准看護婦養成所(2001年閉校)があった頃は実際に学生が標本を見て学んでいた。私は循環器が専門なので、心電図の胸部の電極の位置の確認に役立った」と話した。
骨格標本は現在は非公開で、病院内で大切に保管されている。