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瞽女さんから習った思い出冊子に 高田芸妓の竜本加津子さん

5か月前

新潟県上越市仲町2の芸妓、竜本加津子さん(78)はこのほど、高田瞽女の最後の親方、故・杉本キクイさんから唄や三味線を習った思い出をまとめた冊子「高田瞽女さんとわたし」を出版した。

書き上げた冊子と竜本さん
瞽女本・竜本さん

竜本さんは、キクイさんの自宅から近い同じ上越市東本町4の生まれで、子供の頃から盲目の女性たちの暮らしぶりを見聞きしてきた。キクイさんは高齢になった1965年頃から旅巡業に出ず、弟子の杉本シズさん、手引きの難波コトミさんと3人寄り添って静かに暮らしていた。

竜本さんが芸妓の道に入って間もない73年11月、東京の新橋演舞場で偶然に見た杉本さん一家の瞽女唄演奏に衝撃を受けた。「お座敷でお客さんに聴いてもらうため、瞽女唄を2、3曲覚えたい」と思ったが、習うきっかけがつかめないままだった。

稽古後の写真(1979年/左からひな子さん、杉本キクイさん、竜本さん、杉本シズさん、難波コトミさん)
昭和54年7月13日

75年2月、三味線の名手として知られていた先輩芸妓のひな子さんに頼まれたことがきっかけで稽古を頼み込み、2人で約4年間通った。週に1回の稽古は午前9時頃から始まり、昼食をはさんで午後まで及ぶこともあった。新橋演舞場で聴いた「葛の葉の子別れ」などを習った。

長唄、小唄、端唄などはお手の物だが「瞽女唄は耳承口伝であり、古い言葉なので書き止めるのが大変。『どういう漢字を書きますか』と尋ねて怒らせたことがあった」と話す。

通い詰めるうち、昼食を一緒に食べるなど、質素な生活や瞽女の作法を知る。打ち解けてくると、厳しい修行や旅巡業、瞽女仲間内の規律についても話してくれたという。

「キクイさんはとても素晴らしい声で、高い声もきれいだった。瞽女唄は一時披露したこともあったが、寂しい感じがお座敷に合わず、それっきりになってしまった」と、当時を振り返る。

その後、瞽女との交わりについて知人に話したところ、中学校の恩師から「瞽女の研究家とは違って、直接見聞きしたことは貴重。文章にして残してほしい」と強く勧められた。

年月を特定するため自身の日記や資料で確認したり、40年以上前の記憶をたどるのに時間がかかった。「恩師や、出版を支援してもらった方の厚情もあり、ようやく発行できた」と話す。

後半は瞽女の歴史や、瞽女文化伝承の取り組みなどについてまとめている。冊子はA4判、32ページ。頒布価格は300円。問い合わせは、竜本さん025-523-5363